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幸せな瞬間を生み出す特別な豚肉を。山西牧場の旨さへの執着 | GIFTFULストーリー
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幸せな瞬間を生み出す特別な豚肉を。山西牧場の旨さへの執着 | GIFTFULストーリー

2024/01/09 更新
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幸せな瞬間を生み出す特別な豚肉を。山西牧場の旨さへの執着 | GIFTFULストーリー

茨城県坂東市で約7,000頭の豚を飼育する、山西牧場様。
豚肉の味は脂で決まり、良質な餌が旨い脂を作る」という想いのもと、“飲める脂”と形容される上質な脂とやわらかな肉質が特徴的なブランド肉、「三右衛門」を消費者や飲食店に届けています。

三代目の倉持信宏さんは、先代の築き上げた味をそのままに、2018年にECサイトにて食肉や加工食品の販売を開始。
高品質な商品は、SNSを中心に大きな話題となりました。

日常食である豚肉を、幸せな瞬間を生み出せる特別な存在にしたい。倉持さんが山西牧場の豚肉にかける想いを伺いました。

就職も家業も上手くいかない歯がゆい日々

――幼い頃の倉持さんは、自分の家が養豚業を営んでいることについて、どのような想いを抱いていましたか?

倉持:
親の仕事については、幼少期は深く考えることはありませんでした。身近に動物がいることが、嬉しかったくらいの感覚だったと思います。

ただ、小学生になるあたりから、いろいろ思い悩むことが増えました。
養豚場というのは多少なりとも臭いがしますし、動物の生命をいただく場所として、忌避される存在でもあったので。

幼少期の倉持さん

幼少期の倉持さん


友人はサラリーマンの家庭が多かったので、家族経営で土日も働いている様子を見て、「うちはイレギュラーなんだな」というのは薄々感じていました。

――そうだったのですね。倉持少年は、学生時代をどのように過ごしたのでしょうか?

倉持:
小学校時代はあまり協調性がなくて、大好きだった理科の実験を友人の分までやってしまい、怒られるような子どもでした(笑)。中学校からは楽器にハマり、大学を卒業するまでバンド活動をずっと楽しんでいました。

しかしながら、将来どんなことをしたいかという展望は、ずっとないまま学生時代を過ごしました。明治大学の農学部に進学したのも、一見家業に関係あるように見えますが、受験で苦手科目を選択しなくていいという打算的な理由があったからです。

就職活動が始まっても、周りが内定を決める中、どこに行きたいのか決まらぬまま。要領が悪く飽き性という性格のせいで、どの会社からも内定をもらうことができませんでした。

結果として、大学を卒業後は実家に戻ることになったんです。

――しかし、ご家族としては嬉しかったのではないでしょうか。家業を継いでほしいという想いもあるでしょうし。

倉持:
それが意外なことに、親から「家を継いでほしい」と言われたことはありませんでした。ただ、いずれ実家を手伝うタイミングが来るかもしれないという意識はありました。実家に戻ったのも、そうした予感に自然と身を任せた結果だったのかなと思います。今思い返すと、自分のことながらだらしない半生を送った気がします(笑)。

――実家に戻ってからは、どのような仕事を任されていたのでしょうか?

倉持:
牧場の豚の世話や糞尿の処理、牧場周辺の草刈りといった仕事などをこなしていました。



ですが、私自身が動物アレルギーを持っていたため、しばらくして牧場内の仕事ができなくなってしまいました。
それと同時に、牧場の方針で親と衝突することも増えていきました。

牧場内で使う重機の取り扱いや、作業の安全確保など細かな部分について、昔ながらのやり方を続ける父と私の考えがたびたび食い違ったんです。身近な存在である分、ぶつかりやすかったのも影響していたと思います。

就職もできなければ、家業でもうまくいかない。そんな自分が歯がゆくて日々苦しんでいましたね。

山西牧場倉持さん

豚肉の味は脂で決まり、良質な餌が旨い脂を作る

倉持:
もやもやしながら働いていたある日、「山西牧場さんの豚肉は本当に美味しい!!!」と、複数の関係者の方からお声をいただいたんです。
最初は社交辞令かな?と思っていたんですが、お世辞とは思えない強い熱量のようなものを感じました。

子どもの頃から当たり前のように食べていたから気づかなかったけど、「山西牧場の豚肉には何か特別な体験を提供できるポテンシャルがあるのかもしれない」と、このとき思い始めたんですよね。

山西牧場の豚肉

それから、今までは気にもとめなかった、山西牧場の養豚に向き合う姿勢を改めて気にするようになりました。
そこで初めて、父の「旨い豚肉を作る」という執着にも近い、強いこだわりを感じ取ったんです。

豚というのは、生後半年間で100kg以上にまで成長します。この成長過程で与えるエサによって豚肉のおいしさは大きく変わります。

当然、餌の質が悪ければ脂身に臭みが出てしまうし、肉にも硬さが生まれます。とはいえ、良質な餌は価格も高く、経営として採算を重視するならより安価な餌を与えるという選択肢もあります。

でも、父は「豚肉の味は脂で決まり、良質な餌が旨い脂を作る」と一切妥協しなかった。 おいしさへのこだわりを常に最優先に掲げ、自分の哲学を守り通したのです。

こだわりを貫き通す先代

昔聞いた話なのですが、小学生だった姉が給食で出されたお肉が硬くて、ずっと口の中でかみ続けながら帰ってきたことがあるそうです。幼少期の「おいしくなかった」という記憶は、その後の食の好みにも大きく影響します。父が豚肉の味にここまでこだわるのは、こういった原体験にあるのかもしれません。

――改めて山西牧場の豚肉へのこだわりや価値に気づかれたのですね。

倉持:
しかし当時、山西牧場の豚肉は地元のスーパーなどで販売されていました。
せっかく高品質なこだわりの豚肉を作っているのに、一般的な流通に乗せられて名もなき豚肉として販売されている。消費者様の誰にも、牧場のこだわりが届いていない。そんな状態だったんです。

これではもったいない。生産者の努力が付加価値となっていないのならば、父やスタッフさんたちの頑張りが無駄になってしまう。
お客様に、山西牧場のこだわりを知ってもらった上で豚肉を楽しんでもらうためにはどうすればいいのか。模索し始めました。

「名もなき豚肉」から「知る人ぞ知る旨い豚肉」へ

倉持:
そこから、山西牧場を知ってもらうために、さまざまな挑戦をし始めました。

――新しい動きを始めた倉持さんに対して、お父様はどのような反応を示しましたか?

倉持:
ありがたいことに、取り組みを始めてからしばらくは静観してくれていました。父にとっても、結果がどうなるのか気になったのかもしれません。とはいえ、最初は失敗ばかりでしたが……。

最初の1年間は、ひたすら飲食店様の営業周りを繰り返していました。私自身が車を運転して、地元の個人経営のお店を1店舗ずつめぐり商品を卸すような、利益の出ないビジネスモデルに取り組んでいて。結局1年ほど続けて、これではダメだと撤退しました。

その次に始めたのは、ECサイトの立ち上げでした。予算もPCスキルもなかったので、大学時代の後輩に写真撮影や無料で使えるプラットフォームの設定をお願いしたのを覚えています。そして、山西牧場の概要や商品購入ページなど、最低限の機能をもったホームページを2018年頃に立ち上げました。

当初の山西牧場ホームページ

当時の山西牧場ホームページ


そこからは1年間、このまま地元だけで活動していては限界があると思い、都内で多くの人々と交流するきっかけを作っていきました。

この時は、いろいろな形でブランドを知ってもらおうと活動していました。試作として作ったカレーを、名刺代わりに配ったり、イベントにも積極的に出展したりもしました。とにかく「足で稼ぐ」の精神です。

食品というのは、調理して食べてみてはじめてそのよさがわかる。食べるまでは、スーパーに並べられた豚肉と違いはありません。
最終的に「山西牧場の豚肉は美味しいから」と選んでいただくには、自分から働きかけて接する機会を作らないといけない。だからこそ、自ら「豚野郎」と名乗ったり、「飲める脂」という言葉を使ったりしてブランドを知ってもらう最初のきっかけを作る活動を続けています。

――まずは山西牧場を知ってもらう接点を増やしたのですね

倉持:
また、約7年前から、品川にある食肉市場(東京都中央卸売市場食肉市場)にも通い続けています。都内の方には知られていないのですが、品川駅港南口から徒歩1分のところに、食肉版の「豊洲市場」のような場所があるんです。

「お前はまだ若いから、この食肉市場に一生懸命通った方がいい」と、ある方にアドバイスされ、言われるがままに足を運ぶようになりました。最初のうちは、誰もまともには取り合ってくれませんでした。

しかし、5年ほど通い続けてきた頃から、市場を出入りする仲卸業者さんたちが、さまざまなアドバイスをくれるようになったんです。時には、卸先の飲食店さんがアドバイスしてくれる時もありました。そのアドバイスに従ったおかげで、関西に販路を拡大できたこともあります。

こういったお客様や関係者とつながりを作る地道な活動を経て、少しずつですが山西牧場を応援してくださる方が増えていき、「名もなき豚肉」から「知る人ぞ知る旨い豚肉」と変わっていったのだと思います。

幸せな瞬間を、特別な豚肉で

――今後の山西牧場の展望を教えてください。

倉持:
山西牧場を食べて幸せだと感じられる瞬間を、より多くの方にご提供していきたいと思っています。

ある時、定期的に豚肉を購入してくださるお客様がわざわざメッセージをくださいました。
「普段は家族にご飯を作っても何もコメントがないのに、山西牧場の豚肉で生姜焼きを作ったら、『これすごく美味しい!』と喜んでいました」と。
食卓で山西牧場の豚肉を囲んで、家族の幸せな瞬間が生まれている。そう知ったときには生産者冥利に尽きる気持ちでしたね。

山西牧場倉持さん②

最近では「旦那の誕生日には毎年、山西牧場の豚肉を食べているんですよ」というお客様や、結婚祝いという大切な贈り物に、山西牧場を選んでくださる方もいらっしゃいます。

豚肉という食品はあくまで日常食にすぎず、どうあがいても「和牛」のような特別な意味合いを持たせることはできないと思っていました。それにも関わらず、私たちの豚肉をハレの日のごちそうとして食べてくださるお客様がいる。

特別な瞬間を生み出せる豚肉。これこそが私たちがご提供する豚肉の価値だと思います。
父が守り抜いてきた旨い豚肉へのこだわりを貫き通し、より多くの方々に幸せな瞬間をお届けする。それが、新しい世代としてできることだと思っています。

山西牧場スタッフの皆さん

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