GIFTFUL ロゴ
G
N
I
D
A
O
L
トップ
>
ジャーナル
>
こんな日くらい好きなこと言わせろ - カツセマサヒコ「もらったものが私をつくる」第11話 | GIFTFULストーリー
G
N
I
D
A
O
L

こんな日くらい好きなこと言わせろ - カツセマサヒコ「もらったものが私をつくる」第11話 | GIFTFULストーリー

2024/03/14 更新
もらったものが私をつくる
GIFTFULストーリー
こんな日くらい好きなこと言わせろ - カツセマサヒコ「もらったものが私をつくる」第11話 | GIFTFULストーリー

「もらう」よりも「あげる」ほうがなんだか嬉しくて、でもその気持ちは、もしかして「くれた人」に失礼なんじゃないかって思ったりする。

もらったものが気に入らなくて「なんだこんなもの」と憤りすら感じていたのに、後になってそれに込められた気持ちに気付いてようやく愛情を噛み締めたりもする。

カツセマサヒコが描く、“ギフト”にまつわる不器用な人間たちによる一話完結の物語『もらったものが、私をつくる』。

第十一回は、高校教師と生徒たちが交わす卒業間際の会話劇。

こんな日くらい好きなこと言わせろ

人生はだいたい見送られる数よりも見送る数の方が多くできてる。次から次へと転職する人や転校を繰り返す人だって、見送られる数はせいぜい10回前後だが、見送る数はその二倍くらいはあるんじゃなかろうか。あの人が去った。この人が逝った。年を重ねるに連れて、別れは増えていく一方だ。


ましてや教師なんて職業は、もう「見送り」を仕事にしているようなものだ。一年、二年と時間をかけて生徒と関係を構築していっても、三月を迎えればみんな自分の元から離れていってしまう。もう少しアイツのことを知りたかったとか、コイツにはまだ教えられることがあったんじゃないかとか、そんな未練を抱くのも最近は一瞬で、すぐに次の代の受け入れ準備が始まる。事務的だとか、冷酷だとか、そんなんじゃない。365日に一度、30人前後との別れが一斉に来る。そんなの、まともに受け止めていたら、心が持たないから。


開け放った窓から桜が舞い込む。廊下が騒がしい。生徒はみんなはしゃぎ回っていて、雪解けとともに動き出した小動物みたいだ。


「はい、席着けー」


いつもより余計に、声を張る。今日はもう誰に叱る必要もない。怪我さえしなければ、誰も文句は言わないだろう。感動と興奮、開放感、別れの哀しみがちょうど良い濃度で溶け合う教室が、なぜだかいつもより広く感じる。


「はい、ということで、卒業式、お疲れ様でした」


言い終わるより早く、ドッと返事が戻ってくる。おつかれっしたーと声をあげるやつもいれば、言葉にならない歓声や奇声をあげるやつもいる。みんなの顔を見回す。誰ひとりとして同じじゃない。いろんなやつがいる。派手な見た目のやつだって、そうでないやつだって、みんな内側では、確かな個性が爆発している。俺は今日までの日々で、それらを散々味わってきた。


「はい、卒アルこれから配るけどー。あーうるさいうるさい。おい、静かに。最後まで聞けー。はいそこ、座れ座れ。いいから。座れって。よし。で、配るけど、その前に、先生からも一言言わせてくださーい」


途端に否定的な声が上がる。今年も校長の話は長かった。早く解放されたい卒業生を前にして、これ以上おとなが彼らを拘束することは難しいだろう。一度芽吹いた種は、上に伸びていくしかないのだ。


「わかってるって。お前ら、あれだろ、卒アルに寄せ書きとか、いろいろしたいんだろ? 写真とかな? わかる。わかってるけど、ちょっとだけ。こんな日くらい好きなこと言わせろ」


そう言うと、今度は露骨に冷やかしの声が上がった。高い歓声が教室の中で渦巻く。ホームゲームのサッカーの試合でも見てるようだ。俺はほかの先生たちよりも生徒に舐められやすいタイプだったが、こいつらは例年よりもさらに、距離が近い代だったなとふと思う。


「うるせーよ。いいだろ、たまには教師っぽいこと言いてえんだよ。俺からそんなの、聞いたことなかっただろ? な?」

いいよー、早く言ってー。

「友達かよ。ありがとな」

どういたしましてー。


笑い声が空気を包む。いつも賑やかなクラスだ。最後までそれが続いて嬉しく思う。


「俺さ、お前らの年齢の頃、ほんっとになんも考えてなかったのよ。なーんもやりたいことなんてなくて。ただ、周りと同じような道に進むのはどっか格好悪いって、そんなふうに思ってたんだよね」


一息置いてから喋り始めると、意外にもこいつらは、黙って耳を傾けてくれていた。顔を上げて話を聞いてくれたことなんて、授業中にはほとんどなかったのに。


「でさ、本当に何も考えてないから、マジで進路も決めないまま、卒業しちゃったのね。大学も行かなかったし、就職もしなかったのよ、マジで。親も、進学するお金なら出せるよーって言ってくれてたけど、うちは親も高卒だったからさ、大学がどんなもんか、あんまわかってなかったみたいで。だからなーんかモヤモヤふわふわしたままさ、フラーっと卒業しちゃったんだよね」


友達とかはー?


「いねえよそんなもん」


笑い声が上がる。その輪の中に入れてもらえていることが、当時の自分を思えば奇跡のように感じられる。


「でも、そんときにね、当時の高校の先生がさ、いや、しかも担任じゃねえのよ。全然違う教科だったんだけど。うん。でも、俺がすげー気に入ってる先生がいてさ。あ、この高校じゃないよ。うんごめん」


今度はブーイングまじりの、笑い声。


「その先生に、“よかったら飯でも行かねえか”って呼び出されて。中華だったんだけどさ。いや、一対一よ? なかなかそんなことなくね? そうそう。それで、まあ酒は飲まなかったんだけど、すげー食わせてもらってさ。最後に、その先生が言うのよ」


なんて? なんてー? 


「僕は教師のくせに担任にもなれず、与えられるものがなーんもない人間だったけど、君が僕のところによく質問や相談に来てくれたから、なんだか“先生”をやれてる気がしたんだ。だから、与えてくれてたのは君のほうで、僕は、もらってばかりの教師生活だった。ってさ」


わずかな沈黙が、横切った。心地よい沈黙だった。


この話を理解できない生徒も、いるかもしれない。でも、この話は、全員じゃなくていい。たった一人にでもバトンが繋がればいいと思って、俺は話を続けた。


「与えてもらったものは僕の方だってその先生が何度も言って、俺、そんときに、教師になろうって思ったんだよ。俺も、誰かに与えられるような大層なものなんて何も持ってないから、じゃあ与えてもらえる仕事に就こうって。で、今、やっぱりすげー同じことを思う。俺からみんなに与えたものなんて、本当にほとんどなくて、大体はみんな忘れちゃうと思うんだけど。でも俺はみんなからたくさんのものを与えられて、それで教師を何とかやってる。そのことに感謝したい。ありがとう」


小さく拍手が鳴った。でも、伝えたいのはそのことだけじゃなかった。だから俺はその音を遮って、もう少しだけ続けた。


「今、なーんも将来考えず、何となく卒業するってやつもいると思う。大学には行くけど、そもそも行きたい大学じゃない、みたいなやつもさ。知らない会社に就職するから、なんとなく不安だってやつもさ、いろいろあるだろうよ。進路面談も何度かやったけど、あんなの限界があるに決まってるし、心の奥底にある本音はさ、そんな二度や三度の面談なんかじゃ見えてこないって、こっちもわかってんだよ。でも、きっと、今も将来に対して漠然としたイメージしか持ててない人。お前らは、間違いなく、誰かに何かを与えられる人だ。今は何も持ってないと思うかもしれないけど、先生を先生にしてくれたみたいに、みんなは誰かに、何かを与えられる人なんだよ、絶対に。なんか、そのことだけは忘れないでほしいって、それだけ言いたかった」


聞いてくれてありがとう。急に照れくさくなって、そう言ってから、教壇に置いた自分の手を見た。何だか前より皺が目立つ気がして、歳を取ったなと今更そんなことを思った。その直後、ポツポツと雨が二、三滴降り出すように拍手が聞こえて、すぐにそれが、轟音に変わった。


せんせー、さいこー! 拍手の雨の中で、そんな声が聞こえる。さっきまで黙ってた生徒たちが、みんな立ち上がって、俺に拍手をくれていた。


「だから、もう与えんなって俺には!」


雨を避けるように両手で顔を隠すと、また笑い声が上がった。いいクラスだ。毎年思うことだが、今年もやっぱりそう思えた。これは、本当に幸せなことだ。


「じゃあ、卒業おめでとう。卒アル配るから、名前呼んだら、前に出てきてください」


そう言うと、俺はすっかり読み慣れた名前を、噛み締めるようにゆっくりと声に出し始めた。


作者プロフィール

カツセマサヒコ
小説家

1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

新着記事