「もらう」よりも「あげる」ほうがなんだか嬉しくて、でもその気持ちは、もしかして「くれた人」に失礼なんじゃないかって思ったりする。
もらったものが気に入らなくて「なんだこんなもの」と憤りすら感じていたのに、後になってそれに込められた気持ちに気付いてようやく愛情を噛み締めたりもする。
カツセマサヒコが描く、“ギフト”にまつわる不器用な人間たちによる一話完結の物語『もらったものが、私をつくる』。
第九回は、クリスマスシーズンに物欲があまりない恋人の話。
僕がサンタクロースの存在に気付いたのはいつだろうか。いや、サンタクロースの不在に気付いたのは、いつだろうか。
小学校低学年の頃、クラスで仲の良かった友だちが犬を飼い始めた。母さんに連れられて遊びに行ってみれば、本当に小さな子犬が家の中を走り回っていて、あまりに可愛く、その子が欲しくなった。
翌月、自分の誕生日が近づいて、両親に犬が欲しいと頼んだ。けれど、「うちはマンションだから、飼えないんだよ」と父さんは言って、なんだか悲しそうな顔で僕に謝った。そんなわけのわからない理由はないだろうと、僕は泣いたのだった。
それで、父さんや母さんが買ってくれないなら、サンタにもらうしかないと思った。毎年、「高いものはサンタに頼みなね」と言われていたし、父さんや母さんが買えないものも、サンタなら絶対に届けてくれると信じていた。
クリスマスの朝。去年と同じようにクリスマスツリーの麓を見ると、やっぱりそこにプレゼントの箱があった。僕はベッドからそっと抜け出すと、その箱を夢中で開けた。
でも、中に入っていたのは、本物の子犬じゃなかった。電池で動く犬のぬいぐるみ。それも、二匹だ。一匹の本物の犬は、おもちゃの犬二匹ぶんなのだと言わんばかりの主張に、僕はただただ悲しくなった。
あの日からうっすらと、サンタは万能じゃないということを知り、そしてその存在を徐々に信じなくなっていった。周りの友達も、いつしかそれが当たり前のようになって、僕らはドラゴンボール七つ集めたらとか、魔法のランプがあるならとか、ドラえもんの道具で何が欲しいとか、現実からは遠いところで夢を語るようになっていった。
「いらないってー。欲しいものなんかないって、ずっと言ってるじゃん」
幼少期のことを思い出したのは、今、横を歩いている彼女が、僕を困らせてくるからだった。会社帰りに待ち合わせして、フラッと立ち寄ってみたクリスマスマーケット。平日の夜の割に混雑している会場を散歩しながら彼女に欲しいものを尋ねたら、ずっとこの返答なのである。上空で流れているクリスマスソングメドレーが、集まった来場客の気分を高揚させている。
「クリスマスのカップルって普通、なんかプレゼントするものでしょ?」
僕は懲りずに、彼女に尋ねる。
「だから普通ってなに。私が欲しいもの浮かばないんだから、もうそれでいいじゃん。気持ちだけでいいよ、気持ちだけでー」
「でたー、気持ちだけがいっちばん、困らせてるんだって」
「気持ちだけでいい」。父の日も母の日も、いつもそればかり耳にしてきたけれど、やっぱりそれが一番難しい。気持ちが込もっていたら、100円均一で買った使い道のわからないマスコットでもいいのだろうか。きっと良くないに決まっているのだ。
「どんなものがさ、気持ちになるの? 300円だと、恋人への気持ちとしては絶対に安い気がしない? じゃあ500万円のものならいいのかってなるけどさ、好きな気持ちが500万円って言われたら、全然支払えないけど、それはそれで僕の中では安いんだよ。わかる?」
「いや、もうその台詞で十分すぎるというか、もはや重いよ」
クリームがたくさん載ったホットラテを両手で包むようにしながら、彼女は笑っている。僕はその笑顔を見て、また困る。クリスマスマーケットは入り口から想像していたよりもずっと広くて、どの店もミラーボールの中にいるみたいにキラキラと輝いていた。リースや雪だるまに模した雑貨を置く店がいくつか並んでおり、気付けばそこに吸い寄せられている。
「クリスマス雑貨って、なんか毎年一個ずつ、増やしたくなる」
「あ、私もそれ、なんかわかる」
「本当? 実家がさ、毎年そうやって増えてく家で。いつの間にか、すごい量になってた」
「わー、いいなあ。でも絶対楽しいもんねえ。買った年とか、どっかに書いておきたいよね」
「え、それ素敵だなあ」
一緒に住んだら、絶対にやりたいじゃん。頭の中で妄想が膨らんで、でも僕らはまだ、付き合って初めてのクリスマスを迎えたばかりなのだと気持ちを沈める。
「あ、あのポットいいなあ」
「お、どれ?」
彼女が指差したポットは、別にクリスマスの時期でなくとも売っていそうな、悪く言えば地味で、良く言えばシンプルな、日頃から使いやすそうなものだった。優しい曲線を描いた水色のボディと異様に細い注ぎ口が、どこか美しい動物のようにも思えた。
「あんなんでコーヒー淹れたら、絶対においしいよね」
「あー、いいね。すごい飲みたい」
またすぐに、妄想が膨らむ。彼女はコーヒーを淹れている時間が一番好きなのだと、前に話していたことを思い出した。
来た時間が遅かったせいか、クリスマスマーケットはすぐに閉場時間が近づいた。中央に置かれた巨大なクリスマスツリーに、たくさんの人が写真を撮ろうと集まっている。人の波をかき分けるようにして、僕らは帰路についた。
「じゃあ、また来週ね」
「うん。あ、クリスマスだからって、別に凝った格好とかで来ないでね。私もいつも通りで行くから」
「はいはい、わかったから」
彼女の行事嫌いは、今に始まったことではない。僕は苦笑しながら、改札を抜けて歩いていく彼女に手を振る。
心の中は、早くクリスマスマーケットに戻ることばかりを考えていた。
彼女の姿が見えなくなった直後、全速力で、来た道を戻り始める。時計を見ると、あと10分ほどでマーケットは閉まってしまう。最終入場時刻の案内はなかったから、うまくいけば、滑り込めるはずだ。
階段を降り、ギリギリのところで信号を抜けて、人の流れに逆らって会場を目指す。まだ、明かりが消えていないことに安心しながら、ラストスパートをかける。スーツに革靴でこんなに走るなんて、新卒のときに大寝坊をかました日以来じゃないだろうか。
残り4分。さっきよりも閉場のアナウンスが大きく鳴り響く中、なんとか会場に滑り込めた。そのまま競歩気味に、マーケットの奥の雑貨店を目指す。彼女と話していた店も、まだきちんとやっていてくれた。
「あの、すみません」
息を整えながら、サンタのコスプレをした店員さんに声をかける。誰にも買われずにきちんと店先に置かれていた、水色のポットを指さす。
「あの、ポットをください」
「あ、はーい! あ、さっきのお客さん?」
白い付け髭をわざわざつけた男性店員が、少し驚いた顔で僕を見る。
「あ、はい、そうです」
「あー! 恋人さんに、プレゼントだ!」
「はい、欲しがってたので」
「うんうん、そうだったね。いいねえ。すぐ、包むねー」
にっこりと笑顔を浮かべて親指を立ててから、サンタに仮装した店員さんはポットを丁寧に包み始めた。近くにお客さんは減ってきていて、会場はどこか、祭りが終わってしまう寂しさに包まれていた。
「じゃあ、これね。喜ぶよー、恋人さん」
会計を済ませて受け取ったポットは、程よい重みがあって心地よかった。
「じゃあ、メリークリスマス!」
僕が最後のお客だったのだろう。かぶっていた赤い帽子を軽く投げながら、サンタクロースは大きな声でそう言った。メリークリスマス。彼女にも、来週そう伝えようと思った。
カツセマサヒコ
小説家
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。
LINE公式アカウントをお友だち追加するとギフトにまつわる心あたたまるストーリーを受け取れます。
選び直せるギフト
GIFTFULは贈り手が1つ選んで贈り、
受け取り手は好きなギフトに選び直せる
新しいギフトサービスです。