「もらう」よりも「あげる」ほうがなんだか嬉しくて、でもその気持ちは、もしかして「くれた人」に失礼なんじゃないかって思ったりする。
もらったものが気に入らなくて「なんだこんなもの」と憤りすら感じていたのに、後になってそれに込められた気持ちに気付いてようやく愛情を噛み締めたりもする。
カツセマサヒコが描く、“ギフト”にまつわる不器用な人間たちによる一話完結の物語『もらったものが、私をつくる』。第七回は、趣味も好みも合わない夫婦の話。
「絶対にこっちがいいよ」
夫が、銀色の光沢を放った冷蔵庫を指して言った。
「デザインが他とは圧倒的に違うし、これが置いてあるキッチンだったら、毎日テンション上がると思うよ?」
日本製でこの外見は、なかなかないって。とつぶやきながら、夫は飼い犬でも撫でるように、冷蔵庫の本体に愛おしそうに触れた。
「いや、わかるよ。確かに見た目なら、これが一番だと思う」
「でしょ? 機能が大事ってのもわかるけどさ。でも機能だって別に、これが特別悪いってことはないじゃん」
「そうかなあ。いざ使ってみたら、不便と思うけどなあ?」
野菜室が、少し小さい。それがどうにも、許せなかった。大根なんて一本買ってしまったら、スペースをほとんど埋めてしまうだろう。これでは日々テトリスブロックを組み合わせるようによほど頭を使わないと、せっかく買ったものも入らない。
「この際、まとめ買いを控えてさ、こまめに買い物に行こうよ。せっかくスーパーもコンビニも近いところにあるんだし」
「それが一番テンション下がるって。どれだけ見た目がよくても、わざわざ買い物に行く回数が増えるならやめた方がいいと思う、ほんとに」
あとは、本当は、扉は両開きがいいと思うんだよね。家の間取り的に。その方が二人とも幸せだと思う。という意見は、ここでは言わない方が得策とみた。「そんなの、僕らが少し手間をかけて動けばいいだけじゃないか。横着だよ」と、まるで論破したかのようにこの人は言うに決まってるからだ。
ほんの少しでも人間の苦労を減らせるように誕生したはずの家電と、ほんの少しの苦労なら自分で背負った方が楽だと考える夫。家電量販店に着いてもう三時間が経とうとしているが、今回の買い物は、なかなか先が長そうだ。
別にこんなちょっとのこだわりの違いで争うことは、もうすっかり慣れたのだ。私たちの相性の悪さは、今に始まったことではない。カレーは辛ければ辛いほど幸せに思える私と、甘口以外は食べられない夫。部屋にはラジオをかけておきたい私と、無音じゃないと落ち着かない夫。映画館は真ん中で見たい私と、最後列で見たい夫。結婚する前からわかっていたものもあるのに、それでも私たちは、夫婦になることを選んだ。
「よくこんなんで結婚しようって思えたよな」
「本当だよ。三日で離婚してても、おかしくないよ」
入籍し、一緒に住み始めて一週間が経った頃、二人で笑いながらそう言った。元から趣味もほとんど一致しなかった私たちだが、生活習慣さえここまで違うとは、想像もしていなかった。タオルを洗う頻度も、掃除機のかけ方のこだわりも、テレビの視聴頻度も、一緒に住むまでは全くわからなかったのは、お互いにそれほど強い関心がなかったからなのかもしれない。
それでも結婚しようと思えて、今も一緒にいるのは、つまり、お互いにいい意味で鈍感なのだと思う。「まあ、違ってもしょーがないよね。人間だもの」と、まるで居酒屋のトイレに飾られた標語のように開き直って、お互いのこだわりを強くは否定しない。部屋でラジオが流れれば夫はノイズキャンセリングのイヤホンをつけるし、一緒に映画館に行ったときくらい私も最後列から楽しめばいい。そんなふうに妥協とも言えない小さな解決策をいくつか積み重ねて、今日までやってきたのである。
「とはいえ、冷蔵庫ってデカいからね? 部屋を締める割合も広いからさ。デザインって、大事だと思うのよ」
「とはいえ、とはいえ、冷蔵庫って毎日使うからね? できるだけ収納は大きい方が、料理のたびに食材の不安とか考えなくて済むんだよ?」
口論するふりをして、もう漫才みたいに、含み笑いをしている。お互いに相変わらずだな、と思いながら、それでも飽きずに対話を続けてみる。それで、もしもお互いにとっての妥協点がきちんと見つかるなら、そのときはお互いにそれを受け入れよう。いつもそんな空気を纏いながら、私たちはなんとか二人三脚の紐を千切らずにきた。
二年前の夫の誕生日のことだ。
「はい、プレゼント。さすがに今回は気に入ると思う」
私が自信満々にそう言って、彼が大好きだったアーティストの、廃盤となったレコードをプレゼントしたことがあった。私はレコードも音楽もあまり詳しくないけれど、彼がそのアーティストを好きなことだけは、よく知っていた。レコードについても、フリマアプリの検索履歴に残っていたのを確認までしたのだ。
しかし、彼は予想外の言葉をもって、私の気持ちを見事に粉砕した。
「あー、欲しかったのはこっちじゃなくて、初回限定版の方なんだよね」
そこはまずは、ありがとうだろ。さすがに真顔で突っ込んだ。相性とかの問題じゃなくて、マナーの問題じゃん、と思って、怒りをおさめることができなかった。
「こっちは、手間暇かけて、探したり、悩んだり、選んだりして、一つに決めてんだよ、プレゼントをさ」
「うん」
「それを、あー欲しかったのはこっちじゃない、とかね、それは言っちゃダメだって。さすがにひどいって」
「うんうん、確かに。すまん。これは俺が悪かったわ」
そうあっさりと謝って、彼は私がプレゼントしたレコードを、彼の部屋の一番いい位置に飾るようになった。罪滅ぼし、と思えばそれまでで、誠意を見せたつもりになっているだけとも言えたが、結局、結婚して同じ家に住むことになってからも、部屋の一等地に置いてくれているレコードを見て、私もまんざらでもない気持ちになっていた。
そんな彼が夫になってから初めて迎えた、私の誕生日だった。仕事で少し遅く帰ってきた私の手を引いて、彼はとても嬉しそうに、私をリビングにエスコートしてみせた。
「ジャーン、作ってみましたー!」
そう言って見せてくれたのが、トロトロに煮込まれたスペアリブと、生地から作ったというシュークリームだった。
「いやー、張り切りすぎて、有休とって作っちゃった。すごくない? どうよ?」
満足そうに腰に手を当てた夫のエプロンには、クリームやソースが飛び跳ねた跡が見えて、ずいぶん頑張ってくれたんだと思った。そのことはわかっていながら、でも、おそらく疲れていたんだろう。私はその料理を見て、言わずにいられなかった。
「ごめん私、柔らかいお肉とカスタードクリームがあんまり好きじゃないって話、しなかったっけ?」
まるで地獄を見たような形相だった。夫はしばらく何も言わずにキッチンとリビングの間を何往復かして、そのあと急に、倍速再生したように早口で喋り始めた。
「プレゼント選びに努力賞なんてないってわかってるんだけどさ、それでも一旦はありがとうって言おうって君も前に言ってなかったっけ? 今回のそれってまさにそのパターンだと思うんだけど、いや俺が君の食べ物の好みを把握しきれていなかったことにも確かに問題はある、というか俺が悪いと思うんだけど、でも一旦ね、一旦、そこはありがとうが欲しかったのかもなーって。恩着せがましいこと言うなって感じかもだけど、でもそこはなーって、どう思う?」
「ごめん、そうだ。確かにね。これは、私が悪い」
そう言って、とびきりの赤ワインまで用意されたディナーを、二人で食べた。ずっとBGMにハッピーバースデーの曲をかけながら、私たちは強引にテンションを上げていた。
そういう夜や、朝が、いくつもあった。私たちはとびきり相性が悪くて、たまにお互いに言っちゃいけないことも言ったりして、ギフト選びを間違えたりして、落ち込んだり怒ったりしながら、それでも今日まで、夫婦を続けている。
「ちょっと見てよ、これ」
今いる家電量販店に、場面を戻そう。何かを調べている様子だった夫が、スマホの画面を私に見せた。
「これ、フリマサイトのやつだけど。野菜室がくそデカいし、見た目も最高じゃない?」
「え、ほんとだ。しかも、両開きのタイプ」
「これだったら問題ない?」
「うん。最高だと思う。値段は?」
「あー、ちょっとオーバーだね」
「何万?」
「35万」
「10万もオーバーしてんのに、“ちょっと”って言う?」
こうやって、少しずつ妥協点を探すのがもはやゲームのようになりながら、私たちはそれでも毎日を更新し続けていくのだ。
カツセマサヒコ
小説家
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。
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