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私は写真に映らない - 「もらったものが私をつくる」第5話 / カツセマサヒコ【GIFTFULストーリー】
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私は写真に映らない - 「もらったものが私をつくる」第5話 / カツセマサヒコ【GIFTFULストーリー】

2023/10/17 更新
もらったものが私をつくる
GIFTFULストーリー
私は写真に映らない - 「もらったものが私をつくる」第5話 / カツセマサヒコ【GIFTFULストーリー】

「もらう」よりも「あげる」ほうがなんだか嬉しくて、でもその気持ちは、もしかして「くれた人」に失礼なんじゃないかって思ったりする。

もらったものが気に入らなくて「なんだこんなもの」と憤りすら感じていたのに、後になってそれに込められた気持ちに気付いてようやく愛情を噛み締めたりもする。

カツセマサヒコが描く、“ギフト”にまつわる不器用な人間たちによる一話完結の物語『もらったものが、私をつくる』。第五回は、忘れられない恋のようなものの話。

私は写真に映らない

「ミナミが撮る写真、やっぱり好きだな」

大樹が私を褒めてくれるたび、私の心に雪が降る。夏だろうが春だろうが関係なく、その雪は静かに積もって、埋もれてしまいそうだと思った頃に、ほんの少しずつ溶けていく。

罪悪感。私には、大樹には話したことがない過去がいくつかあって、そのいくつかの過去が、今の私の大半を形成している、と思う。つまり大樹が褒めてくれる私は、ある特定の過去から形成されている私であって、そんなの本当の私ではないんじゃないかって、そんなことを思ったりする。

鴨川さん。鴨川さんと出逢って、同じ時間を過ごして、私はこの心の中枢を、鴨川さんが持っていたものに入れ替えられてしまったんだ。その入れ替えられた部分が、今の自分にはしっくりきていて、そして、大樹が私を褒めるとき、大体のそれは、やっぱり鴨川さんからもらった私だった。

わかるよ、鴨川さん、素敵だったもん。

大樹に褒められるたび、私は心の中でそう呟く。

「君には早すぎると思ったけど、でもまあ、長く使ってもらえれば、そのうち年も取るから」

そう言って、鴨川さんが私にくれたのが、今使っているアナログの一眼レフカメラだった。もらった当時、私はまだ21歳かそこらの女子大生で、確かにそのカメラは今ほど手に馴染んでいなかった。鴨川さんは、街を二人で歩いているとき、私が肌身離さず持ち歩くようになったそのカメラを手に取り、よく私の写真を撮ってくれた。

その写真に写っている、私。

私というより、鴨川さんが作りあげてくれた私、のような人。いつも、ほんの少し困ったような笑顔で、申し訳なさそうにカメラのほうを向いている。その顔が、私の恋なのだとして、私はきっと他の誰に撮ってもらっても、こんなふうに映ることはもうないのだと、その時すでにわかってしまっていた。

真夜中、鴨川さんが家族の元に帰っていくとき、タクシーに乗り込む瞬間、決して振り返らない背中を、私はずっと見ていた。何かの間違いで、戻ってきてくれないか。強くそう念じてみても、何かの間違いといえば私と鴨川さんの関係のほうであって、首から下げたアナログカメラが、その時になってようやく重たくなってきたりしていた。

あれから5年。鴨川さんに少しでも認められたくて、褒めてもらいたくて、ずっと同じアナログカメラを使い続けて、今。鴨川さんは、それはもうとっくの昔に私には会ってくれなくなって、その穴をほんの少し埋めるように、大樹が私の彼氏、ということになった。

大樹はきっと、何にも知らない。私の叶わなかった恋も、心に降る雪のことも。

大樹の部屋の窓からぶら下がったブラインドの、その隙間から差し込んだ光を手で緩く追いながら、昨夜から付けっぱなしになっているエアコンの音に耳を澄ませていた。大樹はテーブルの上に置いてあった、昨夜現像した写真を一枚一枚丁寧に見ていて、その様子が過去の自分の姿と重なって、なんだかおかしかったし、切なくなった。シーツの大樹の寝ていたあたりに顔を埋めてみても、やっぱり大樹の匂いしか、しない。

「どの写真が好き?」

大樹に尋ねてみる。冷房のせいか、僅かな痛みをのどに感じた。

「え、どれも好き。だけど、これ」
「どれ?」
「ハモニカ横丁の」
「あ、吉祥寺」
「そうそう。この俺、めっちゃ楽しそう」
「どれ?」
「これ」

ビールジョッキを片手に、焼き鳥を咥えている大樹の写真。間違いなく私が撮ったものだけど、鴨川さんならこう撮るかな、と思ってシャッターを押した写真。

「俺さ、たぶん、ミナミが撮ってくれなかったら、こんな顔してないよ」

まだ寝癖が残っている頭を触りながら、大樹が言った。

「そう?」
「うん。ちゃんとカメラに向く目が、好きだーって言ってる。そんな気がしない?」
「ああ、それは、ちょっとわかるかも」

私も、そうやって写真に写っていたから。

「でも、やっぱり、当たり前なんだけど、ミナミが写真を撮ると、ミナミは写ってない」
「そりゃあ、そうだよ」
「うん。そうなんだけど。でも、それってなんか、寂しいことだ」

大樹が、もう一度ベッドに潜り込んでくる。二人で寝るには少し窮屈なベッドが、ちょうどよく感じるときと、煩わしく感じるときがある。今は、前者。大樹が鎖骨にキスするように、私に顔を埋めてきた。

「ミナミもさ、誰かに習ったし、誰かからもらったんでしょ、あのカメラ」

あごの下で、大樹のくぐもった声がする。どんな表情をしているのかは、わからない。

「誰かによって染められたミナミに、俺も染められようとしてるって、たまに思うんだ」
「うん」
「それが、すごく悲しい気持ちになる夜もあるし、でも、ミナミはミナミだからって、ミナミの色に染まることを嬉しく思える朝もある」
「うん」
「よくわかんないけど、俺もミナミも、過去から作られて、今があってね。その、ミナミの過去に俺は絶対に勝てないって今は思うけど、でも、今の俺が、未来のミナミのためにしてあげられることはあるのかもとか、考えたりするんだ」
「うん」
「これって、わかる?」
「わかるよ、すごく」
「……よかった」

大樹がグッと力を入れて、私を強く抱きしめた。

過去からもらったものでできた私は、過去に呪われた私かもしれない。でも、今の私は、未来の誰かや未来の私に、何かをプレゼントできる可能性があるってことだ。だとしたら、せめてそのプレゼントが呪いに変わることはないように未来を育てていきたい。

そんなことを考えていると、妙に大樹のことが、愛おしく思えてくるのだった。

「起きたらさ」
「うん」
「カメラ屋に行こうよ」
「ミナミはもう持ってるじゃん」
「うん。売る」
「え、売るの! なんで?」
「私が撮ってると、私が写らないんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ二人で同じカメラ買って、撮り合ったりしよ」

きっと、そうやって少しずつ、未来へ自分を変えていくのがいい。

「それ、最高に幸せになっちゃうやつだ」

大樹はそう言って起き上がると、部屋のブラインドを開けて、すぐ出かけようと言った。

作者プロフィール

カツセマサヒコ
小説家

1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。


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