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本棚は未来を願う - 「もらったものが私をつくる」第4話 / カツセマサヒコ【GIFTFULストーリー】
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本棚は未来を願う - 「もらったものが私をつくる」第4話 / カツセマサヒコ【GIFTFULストーリー】

2023/10/17 更新
GIFTFULストーリー
もらったものが私をつくる
本棚は未来を願う - 「もらったものが私をつくる」第4話 / カツセマサヒコ【GIFTFULストーリー】

「もらう」よりも「あげる」ほうがなんだか嬉しくて、でもその気持ちは、もしかして「くれた人」に失礼なんじゃないかって思ったりする。

もらったものが気に入らなくて「なんだこんなもの」と憤りすら感じていたのに、後になってそれに込められた気持ちに気付いてようやく愛情を噛み締めたりもする。

カツセマサヒコが描く、“ギフト”にまつわる不器用な人間たちによる一話完結の物語『もらったものが、私をつくる』。
第四回は、九歳になる息子の部屋に本棚を作った父親の話。

本棚は未来を願う

九歳の誕生日に息子からねだられたのが、「自分の部屋」だった。

ゆくゆくはそういう日が来るだろうと心の準備はしていて、そのために仕事部屋の荷物は最小限に抑え、いつでも子供に渡せるようにしていた。

だが、九歳。思いのほか巣立ちは早く、せめてあと一年、と願ってしまうのは親の業だろうか。まだまだ甘やかしていたかったのに、いつの間にか快適なはずの空間から、子は自由を求めて旅に出る(と言っても、ただ一人部屋を与えるだけだけれど)。

新たにベッドや学習机を購入した。中学や高校に上がっても使えるものを選びなよ、と何度も言ったのに、どうしてもポケモンやマイクラの机を選ぼうとする我が子の希望を聞き入れ、自分のポリシーは全て捨てて、好きなものを選ばせた。届いた机とベッドを組み立てれば、本当に愛おしそうに、座ったり寝転んだりしてみせた。

自分にも、そんな記憶があった。自分のお城を持てたときのような、ある種の全能感。自分だけの部屋があるという、精神的な安定。逃げ場ができたことで、より誰かと一緒にいることを意識するような、不思議な感覚。

しばらく楽しそうにしていた息子だったが、できたばかりの子供部屋の床に無造作に積まれた漫画や図鑑を見て、ポツリとこぼした。

「本棚も欲しい」

本棚。本棚か。確かにあってもいいが、この部屋にはもう市販の本棚を置けるようなスペースがない。

「どこに置くの?」

と聞いてみれば、息子はできたばかりの学習机の横、わずか30センチほどの隙間を指差した。

「ここに、天井まで届く、細長い本棚を入れればいいじゃん」
「そんなサイズ、聞いたことないよ」
「じゃあ、作ろう。木材あれば、作れるでしょ」

まさかのDIY希望。最近学校の授業では図工が一番楽しいと話していたけれど、本棚を作ろうとまで言われるとは思ってもみなかった。正直戸惑う。家具の組み立てすらも得意じゃないのに、イチから自分で作るとか、できるだろうか。

それで、次の休みの日に、二人でホームセンターに行った。店員さんにイメージを伝えれば、何を揃えるべきか、どう組み立てるか助言してもらえると思ったからだ。案の定、本棚のDIYに挑む人は多いようで、若い店員はその作り方をわざわざ紙にまとめてくれて教えてくれた。

指定のサイズに木材をカットしてもらい、家に運び帰る。子供はすでにやる気十分なようで、帰宅してすぐに僕の分の軍手まで用意してくれた。

「じゃあ、やってみますか」

男二人、初めての家具作り。説明書もないので、ああでもない、こうでもないと議論しながら、手を動かしてみる。九歳の男児の手は、小さいながらにずいぶんと力も入るようになり、指先もかなり器用に動く。ちょっと前までは何もできなかった気がしたのに、いつの間にか立派な戦力になっている。指示を出せばすぐに理解して、さらにはその先のことまで、少しは考えてくれる。おかげで想像していたよりも数倍は早いスピードで、横幅30センチだが天井まで伸びた、細長い本棚が完成した。

「やればできるもんだねえ」

転倒防止のつっかえ棒をセットすると、感慨深そうに息子が言った。まだ何も入っていない本棚は、大きな可能性に満ちているように思えた。

「この棚さ、父さんの本も入れていい?」

息子に尋ねると、自分の漫画や本が増えていくまでは構わないと了承してくれた。それで、嬉々として寝室に戻ると、妻と自分の本がぎっしり詰まった本棚を眺めた。とっくの昔にキャパシティはオーバーしていて、棚から溢れた分は職場の床やテーブルに積まれていたりしている。とりあえず、本棚のうちのいくつかを、息子の本棚に移すことにする。

その際に頭に浮かぶのが、これからますます背が伸びていくであろう、息子の成長のことだった。今は、下から4段目までしか手が届かないが、これから少しずつ大きくなっていけば、いずれ一番上の8段目まで、手が届く。

その頃にはおそらく、読める本の幅も広がっていることだろう。今はまだ早すぎると感じる小説やエッセイ、漫画も、きっとあの本棚の上の方に入れておけば、適齢期がきて、もしかしたら自ら本を手に取る日が来るかもしれない。

そう考えると、このノッポな本棚は、未来の息子に向けたタイムカプセルのようなものかもしれない。十三歳になったら読んでほしい小説、十五歳になったら出会ってほしい漫画、十七歳になるまでに観てほしい映画。自分が過去の若いうちに出会っておきたかった作品を、今、子供に託す。そんな押し付けがましい妄想を繰り広げて、目を瞑るとなぜだか少し、涙が溢れそうになった。

いくつかの本を抜き取っては、それを子供部屋まで運んでいく。これは6段目、これは8段目と、一冊ずつ、子の成長を意識して並べてみる。別にもっと早くに読んでも構わないし、いくつになっても読まない選択肢だってアリだ。ただ、そこに可能性は残しておいてあげたい。自分たちで作った本棚に、未来への可能性を滲ませておきたいのだ。

「こんなにいっぱいあったの?」

天井近くの棚に並べた本を見つめながら、息子が言う。僕は2段しかない小さな脚立から降りながら、棚をじっくりと眺める。

「まだまだいっぱいあるけど、とりあえず、このくらい」

作ったばかりの本棚は、上の方まで6〜7割は埋まったように見えた。

「上の方、全然届かないよ?」
「いいんだよ。届くようになった頃に、おもしれ〜って思える本、置いといたから」
「どんな話?」
「いろいろ。漫画よりおもしろいのもあるよ」
「漫画より? そんなのあんの?」
「あるよ、あるある。いくらでもあるから。もう少し大きくなって、読める漢字が増えた頃にでも、手に取ってごらん」
「ふぅん、ありがと」

二人で、8段目の棚を眺めながら、そんな会話をした。

あの棚に手が届く頃には、自分はどんな父親になっているだろうか。この子は、どんな少年に成長しているだろうか。想像もつかない数年先の未来を描いて、なんだか少し、明日からが楽しみになった。

いい本棚だねと、息子が言った。

作者プロフィール

カツセマサヒコ
小説家

1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

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